幻の魚

「自分の築き上げた財産に誇りを持っているのよ、彼らは」


 そう言われてはたと動きが止まってしまった。

 だからやたらな人には譲りたくないし、そのためにも自分の子供は必要なの。彼女は静かな声で続けて、彼女が静かな声で続けたからこそ、僕はそれが冷徹な思考過程を経て導き出された、ごく現実的な結論であることを認めざるを得ない。


 でも、こういうことは言えないだろうか。

 魚はいろいろなところにいる。川にもいるし、海にもいるし、釣堀にもいる。魚の多いところで釣りをした人がたくさん釣り上げたからといって、その人を一番の釣り上手とは呼べない。世の中には、そこにはあまり魚がいないことがわかっていても、いろんな種類の魚をみんなに食べてもらおうと思って釣りをする人もいる。


 はぁ、と彼女はそこで大きなため息をついた。

「二つ間違ってる。」

 二つ?ああ、二つならそれほど悪くないね。

「一つは、彼らが、あなたの喩えを借りるなら『魚』をたくさん釣ったのは、偶然ではないってこと。もちろん偶然や環境的な要因を完全に払拭するわけではないけど、それでも彼らは少なくとも、探したの。魚のいる場所をね。」

 うん。

「それからもう一つは、別にわたしは拝金主義者なんかじゃないってこと。お金のある人は好き、それは嘘じゃない。でもそれはお金があるから好きなんじゃなくて、お金を持ってる人に特有の傾向が好きなの。自信があって明るくて前向きだから。」

 確かに、僕もそんな人のほうが好きだな。でも特有、とまでは……

「そこにはあまり魚がいないことがわかっていても、って言ったよね。そんな人滅多にいないじゃない。少なくともわたしは見たことない。近くにある、っていうだけでふらふら行って、大して魚がいないってぶつぶつ文句言ってるだけの人が大半。99%。」

 99%は言いすぎだと思うんだけどなあ。せめて95%ぐらい……


「ねえ、あのさ。他人の話はいいじゃない、どうでも。問題は、あなたに釣りをする気があるかどうか、ってことでしょ?違う?」


 違わない、です。釣る気はありますです。


「じゃあ、どこで釣るつもりなの?川、池、湖、海、釣堀、養殖場?」


 ……水たまり。


「……っ、あーもおっ。何を釣るのよそこで?」


 幻の魚を一匹。大きいんだ、すごく。