大江健三郎/マルゴ公妃のかくしつきスカート
歴史小説を書かない小説家のもとに、歴史に関する問い合わせが入ることがある。それは小説家が、ラブレーの研究に生涯を捧げた恩師、W先生の著作集の編纂に携わったことが知られているから。小説家に連絡を取ってきたのは、以前ロシアでのテレビ撮影でカメラを担当していた篠君だった。その人物にも、また自分である程度下調べをした上での質問にも好感を持った小説家は、親身に篠君の相談に乗ることにする。
質問はマルゴ公妃に関してだった。
色情狂、防腐処理を施した心臓をスカートの
刺激的なイメージはいくらも出てくるけれど、さすがにここまで自薦集を読み続けてきた読者には慣れがある。むしろ気になったのは、篠君の相談に乗り、意見や助言を与え、そのことを小説に描きながらも、小説家の側に精神的な動揺がほとんど見られないことだった。それどころか、自ら描く事件に何も感じていない気配さえ感じられる。
虚無的な不気味さを秘めた作品。
感傷のようなものはここにない。