2011-02-01から1ヶ月間の記事一覧

「玉藻」最終話

次の日、『玉藻』の記録撮影のためにやってきたのは、真っ黒なサングラスの怪しげな男だった。ぼくとマコ姉は二人揃って玄関でその男を出迎え、マコ姉はあいさつと、ぼくら二人分の自己紹介を済ませると、じゃあ、撮影はどちらでなさいますか、と尋ねた。 す…

「玉藻」14

「ただいまー。」 という声がどこかから聞こえて、どやどやといくつかの足音が聞こえた。 パチッ、という照明のスイッチの音がして、途端にシホの甲高い声が響いた。 「うわあおう、二人とも、いつの間にそんな関係になってたのよお。」 すぐさま京子伯母さ…

「玉藻」13

「触らないでよ、ぼくの本に。」 マコ姉はさっきの出来事なんて覚えてないみたいに、いつもの調子で答えた。 「いーじゃん。どーせあんた読めやしないんだから。」 この一言で、またぼくの理性は決壊してしまった。 「いいから返せよ。勉強してすぐに読める…

「玉藻」12

ぼくははしゃぐマコ姉をじっと睨みつけていた。何も答えなければ、すこしは頭を冷やしてくれるかと思ったからだ。信じられない。ぼくは身体の芯から震えるような怒りを覚えていた。マコ姉は、ひたすらお祭り騷ぎを続けていた。 「勝手なことしないでよ。誰が…

「玉藻」11

「玉藻、か。」 マコ姉がぽつりとつぶやいた言葉に、ぼくは耳を疑った。 「知ってるの、マコ姉?」 「いや、知らない。読めるだけ。」 「読めるだけでもすごいよ。へー、たまもって言うんだ、この本。どういう漢字なの?」 んー、と言いながらマコ姉はあたり…

「玉藻」10

結局、作業完了までには一週間かかった。ぼくとおじいちゃんは毎朝早めに朝食を済ませ、日が高くなる前に作業を終え、昼食をとってから午後の時間を過ごした。午後には近所の市民プールに泳ぎに行ったり、おじいちゃんに映画館や喫茶店に連れて行ってもらっ…

「玉藻」9

「ごちそうさまでした。おいしかったあ。」 何はともあれ、晩ご飯は終了した。自分の食べた食器ぐらいは片付けようとしたら、シホとマコ姉にギロリと睨まれ(私たちまでしなきゃいけなくなるだろ、って意味だと思う)、しかも台所の前で京子伯母さんに、 「…

「玉藻」8

「しょうたー。おっきろー。」 鼻のあたりがムズムズする。背中に当たる畳の感触がじわじわと意識に上ってきて、あ、おじいちゃんちに来てたんだっけ、晩ご飯かな、と思ってうっすら目を開けた。ぼやけた視界がはっきりとしたとき、目の前に現れたのは、ぼく…

「玉藻」7

「いらっしゃい。よーく来たわねえ。」 おじいちゃんが玄関から「帰ったぞ」と声を掛けると、おばあちゃんがパタパタと台所のほうから出てきた。おばあちゃんはいつもエプロンで手を拭きながら現れる。 「まずはご先祖様にごあいさつしてきなさい。そのあと…

「玉藻」6

歩いているうちに繁華街が終わり、おじいちゃんのうちが近付いてきた。ぼくはそれまで以上に周囲をキョロキョロと見回し始めた。建物じゃない。道路や電線でもない。家々の向こうに見える山並みや、森でもない。でも、前にここに来たときと何かが違う。 「ね…

「玉藻」5

七月後半、待ちに待った夏休みがやってきた。 母さんは宣言したとおり、三人分だけしか航空券とホテルを予約しなかった。予約を取るときにかなりしつこく「本当にこれでいいのね」と確かめられたけど、ぼくは何度聞かれても同じ返事しかしなかった。そのあと…