「玉藻」11

「玉藻、か。」
 マコ姉がぽつりとつぶやいた言葉に、ぼくは耳を疑った。
「知ってるの、マコ姉?」
「いや、知らない。読めるだけ。」
「読めるだけでもすごいよ。へー、たまもって言うんだ、この本。どういう漢字なの?」
 んー、と言いながらマコ姉はあたりを見回したけど、そんなに都合よく紙とペンがあるわけもない。と思ったら、マコ姉はぼくの左手を取って、指で字を書いてくれた。くすぐったかったけど、ありがたかった。
「どうしてこんな字読めるの?」
「まあ、書道やってたからね。しばらく。」
「すごい。ぼくも読めるようになりたいな。母さんに頼んで習わせてもらおうかなあ。」
「部活で十分じゃないか?高校のときは、選択授業でも取れたな。」
 野蛮な悪魔だと思っていたマコ姉に、こんな特技があったなんて知らなかった。ぼくは一気にマコ姉を見直してしまった。
「なあ翔太。」
「なに?」
「これ、売ったらいくらになるかな。」
 芽生えかけてた尊敬の念は一瞬で消え去った。
「売るわけないじゃん、おじいちゃんからもらった大事な本なんだから。」
とぼくが言うのを完全に無視して、マコ姉はドタドタと部屋から出て行って、またすぐに戻ってきた。その手には、デジカメが握られている。そしてバシバシとフラッシュを焚いて撮影を済ませると、マコ姉はどこへともなく去ってしまった。
 なんだか、ものすごく嫌な予感がする。


 蔵の整理はもう終わったけど、一週間早寝早起きを続けたせいか、翌朝も七時には目が覚めてしまった。朝ご飯を食べてボンヤリしていたら、マコ姉がバタバタとやってきて、頬を上気させて叫んだ。
「翔太、百万円だ。やったぞ!」
「……なんのこと?」
「玉藻だよ、玉藻!昨日の夜、ネットオークションにかけてみたんだ。いや、売るつもりはなかったんだよ、ただどのくらいの値段になるか興味があってさ。そしたら結構早く入札されたから、別IDでチクチク値段を吊り上げてたんだよ。千円からスタートしたのに、競り相手がヒートアップしちゃって、二万五千円くらいまでいったのかな、そしたら直接取引きの申し込みしてきて、こっちも売るつもりなんてないから、絶対に買わない値段をつけようと思って、百万円ですってメール書いて返信したらさあ。買うって返事が来たんだよ、どうする百万だぜ百万!分け前は半分でいいぞ。いやー、季節外れのお年玉だあ!しばらくバイトしなくていいぞ!」