2011-01-01から1年間の記事一覧

「玉藻」最終話

次の日、『玉藻』の記録撮影のためにやってきたのは、真っ黒なサングラスの怪しげな男だった。ぼくとマコ姉は二人揃って玄関でその男を出迎え、マコ姉はあいさつと、ぼくら二人分の自己紹介を済ませると、じゃあ、撮影はどちらでなさいますか、と尋ねた。 す…

「玉藻」14

「ただいまー。」 という声がどこかから聞こえて、どやどやといくつかの足音が聞こえた。 パチッ、という照明のスイッチの音がして、途端にシホの甲高い声が響いた。 「うわあおう、二人とも、いつの間にそんな関係になってたのよお。」 すぐさま京子伯母さ…

「玉藻」13

「触らないでよ、ぼくの本に。」 マコ姉はさっきの出来事なんて覚えてないみたいに、いつもの調子で答えた。 「いーじゃん。どーせあんた読めやしないんだから。」 この一言で、またぼくの理性は決壊してしまった。 「いいから返せよ。勉強してすぐに読める…

「玉藻」12

ぼくははしゃぐマコ姉をじっと睨みつけていた。何も答えなければ、すこしは頭を冷やしてくれるかと思ったからだ。信じられない。ぼくは身体の芯から震えるような怒りを覚えていた。マコ姉は、ひたすらお祭り騷ぎを続けていた。 「勝手なことしないでよ。誰が…

「玉藻」11

「玉藻、か。」 マコ姉がぽつりとつぶやいた言葉に、ぼくは耳を疑った。 「知ってるの、マコ姉?」 「いや、知らない。読めるだけ。」 「読めるだけでもすごいよ。へー、たまもって言うんだ、この本。どういう漢字なの?」 んー、と言いながらマコ姉はあたり…

「玉藻」10

結局、作業完了までには一週間かかった。ぼくとおじいちゃんは毎朝早めに朝食を済ませ、日が高くなる前に作業を終え、昼食をとってから午後の時間を過ごした。午後には近所の市民プールに泳ぎに行ったり、おじいちゃんに映画館や喫茶店に連れて行ってもらっ…

「玉藻」9

「ごちそうさまでした。おいしかったあ。」 何はともあれ、晩ご飯は終了した。自分の食べた食器ぐらいは片付けようとしたら、シホとマコ姉にギロリと睨まれ(私たちまでしなきゃいけなくなるだろ、って意味だと思う)、しかも台所の前で京子伯母さんに、 「…

「玉藻」8

「しょうたー。おっきろー。」 鼻のあたりがムズムズする。背中に当たる畳の感触がじわじわと意識に上ってきて、あ、おじいちゃんちに来てたんだっけ、晩ご飯かな、と思ってうっすら目を開けた。ぼやけた視界がはっきりとしたとき、目の前に現れたのは、ぼく…

「玉藻」7

「いらっしゃい。よーく来たわねえ。」 おじいちゃんが玄関から「帰ったぞ」と声を掛けると、おばあちゃんがパタパタと台所のほうから出てきた。おばあちゃんはいつもエプロンで手を拭きながら現れる。 「まずはご先祖様にごあいさつしてきなさい。そのあと…

「玉藻」6

歩いているうちに繁華街が終わり、おじいちゃんのうちが近付いてきた。ぼくはそれまで以上に周囲をキョロキョロと見回し始めた。建物じゃない。道路や電線でもない。家々の向こうに見える山並みや、森でもない。でも、前にここに来たときと何かが違う。 「ね…

「玉藻」5

七月後半、待ちに待った夏休みがやってきた。 母さんは宣言したとおり、三人分だけしか航空券とホテルを予約しなかった。予約を取るときにかなりしつこく「本当にこれでいいのね」と確かめられたけど、ぼくは何度聞かれても同じ返事しかしなかった。そのあと…

「玉藻」4

すっかり忘れてた。ぼくは程よい温度になったカレーを勢いよく掻っ込んだ。なんだ、知らなかったのか。ホッとしたような、物足りないような気分だった。ひどいことを言ったのが父さんに知られなかったのは良かったけど、母さんにとっては父さんに話すほどの…

「玉藻」3

居間に母さんたちはいなかった。テーブルの端っこに座って、カレーが温まるのを待つ。父さんはカレーが焦げ付かないように時々かき混ぜながら、つまみの支度をしている。冷奴と枝豆を小皿に盛り付けて箸のそばにトンと置くと、冷蔵庫からビールを取り出す。…

「玉藻」2

「あのさあ、母さん。どうして今年に限って他のところに行きたいなんて言い出したの。」 返事はない。母さんはじっとぼくを睨みつけている。 「……別に理由なんてない、かな。違うよ。理由ならある。自分じゃ気付いてないだけさ。こないだ、ゴールデンウィー…

「玉藻」1

夏休みに、おじいちゃんちに行けなくなるかもしれない。父さんが仕事で行けないのは毎年のことだけど、今年は母さんまで「たまには他のところに行きたい」と言い出したのだ。カナはすぐに母さんと一緒になって「高原なんて涼しくて良さそう」とか「海外のビ…

奪われて。

わたしは、自分でこんな事を言うのは恥ずかしいのですが、ほんの少しだけ素直ないい子だったんです。だからオトナの言うことを信じました。昔の人の言ったことを信じました。そして実行に移しました。それがとても難しくて実行しきれないことでも、心掛ける…

あけましておめでとうございます。

旧年中はご愛読、ご訪問くださいまして誠にありがとうございました。 今年はまず一つ目の大イベントとして「開高健ノンフィクション賞」への応募があります。 枚数は原稿用紙300枚程度。締切りは2月末日(当日消印有効)。 ひとまずここ2年ほどの出来事…