奪われて。

 わたしは、自分でこんな事を言うのは恥ずかしいのですが、ほんの少しだけ素直ないい子だったんです。だからオトナの言うことを信じました。昔の人の言ったことを信じました。そして実行に移しました。それがとても難しくて実行しきれないことでも、心掛けることは怠りませんでした。そうすれば少しずつ可能になるということを教えられていたからです。

 でも、少しだけくじけそうです。

 いいえ、本当は少しだけじゃありません。

 自分は間違っていたのではないかと、疑っているのです。

 意識しないように努めてはいましたが、この疑いはずっと前からありました。


 ……小学生の頃の事です。

 国語の授業で、全文書き取りの宿題が出されました。それはとても長い文章で、放課後まっすぐ帰宅して晩御飯の前まで取り組み、ご飯を食べ終わってからも続け、お風呂に入ってからも寝る直前までずっと写し続けていても、三日間は掛かりました。期限は一週間後と言われていましたが、私は「終わらないかもしれない」という焦りに取り付かれ、夢中でやったのです。そして三日後にやっと安堵の溜息をつきました。その夜の眠りはとても深く穏やかだったことを覚えています。
 自慢はするものではないと教えられていたので、宿題をすでに終わらせている事は提出期限まで秘密にしておきました。「もう終わっちゃった〜♪」と話している友達を見ると、自分にはない自由さのようなものを感じて羨ましかった。でも、人を羨むものではないと教えられていたので、真似をしようという気には決してなりませんでした。
 宿題の提出期限が来ました。わたしはようやく重荷から完全に解放されたような気がして、とても嬉しく感じました。先生が、「今日提出できなかった人は、放課後残ってやってもらいます。」と言った時、教室が揺れるような悲鳴とも怒号とも付かぬ声が上がりました。私はその真っ只中で、二重に驚いたものです。こんなにやっていない人がいるなんて、そして、やっていないことの報いを告げられて、どうして不満が言えるのか、と。その日から、クラスの大半の人たちの居残り書き取りが行われるようになりました。私は他のクラスにはあまり友達がいなかったので、放課後の遊び相手に困ってしまうな、と思いました。それに比べて、居残りをさせられている人たちは(あんまりお喋りばかりしていると叱られたでしょうけど)話し相手にも困らないし、なんだかいつもと違うイベントにでも参加しているような、気楽な気分でいたような気がします。仲間外れにされているような、そんな気分でした。
 居残り書き取りが始まって数日の事でした。居残りをさせられていた人たちの中には本当に一ページもやっていなかったような人も何人もいたようで、まだまだ終わりそうもありません。ちらほらと終わらせる人も出てきたようですが、まだクラスの三分の一ほどの人が居残りをしていました。私は、忘れ物を思い出して教室に戻ったのです。もう書き取りを終わらせている友達と、一緒に絵を描くためのノートを机の中に置きっぱなしにしていたのでした。
 教室に入ろうとした時、声が聞こえてきました。

「はい、頭を使うと糖分が足りなくなるからね。」

 私は、教室の扉を開けようとした手を止めました。少しだけ、なるべく音を立てないようにして、扉をそっと動かすと、教室の中を覗き込みました。その時だけは、私はいい子ではありませんでした。
 中では先生が、書き取りをしている子供たちに飴を配っていました。私は足音を立てないようにして、教室を離れました。見てはいけないものを見た、と思って胸がドキドキしました。お絵かきノートの事は、頭から消え去っていました。
 校舎を出、校門に差し掛かったときにふと口に出してみました。

「提出期限を守った私は貰ったことがないのに。」

 心臓がぎゅっと締め付けられるような気がしました。冷や汗が出そうなくらい、頭がもうろうとし始めました。ああ、言うべきじゃなかった。私はすぐさま後悔しました。きっと私はこの事を口にするべきではないし、思い出すべきではない。予感のような自制心のようなものが素早く働いて、私はなるべくこの事を心から追い払おうとしました。

 そうして、つい最近まですっかりこの事を忘れていたのです。思い出さずに済んでいたのです。

 私の彼が、同僚のあの女に奪われるまで。


 私は「人のものを欲しがってはいけない」と教えられていました。だから、どんなに好きでも特定の相手がいる人に気持ちを伝えようと思ったことはありません。

 けれど人は私のものを欲しがり、奪っていきます。

 私は「人には優しくするんだよ」と教えられていました。だから、それがたとえ嫌いな相手でも、最低限の礼儀を守るようにしています。

 人は、私に聞こえるように、「いい子ぶりやがって」と言います。

 私は「自分が嫌なことは人も嫌なんだから、しちゃいけない」と教えられていました。だから少しでも自分が嫌だと感じることは、なるべく人にはしないように心掛けてきました。そう出来ていなかった事を知ると、罪悪感を強く感じて反省しました。

 人は、自分がされた嫌なことを、他人に(わたしに)同じようにする事で憂さを晴らします。

 私は「知ったかぶりをしちゃいけない」と教えられていました。知らないことは知らないと、はっきり言うのが美徳だと思っていました。

 人は、自分が知っている事はおおげさに誇張して、自分が知らない事には無関心を装い、私が確実に知っている事を少しだけ話すと「知ったかぶりやがって」と言い、「いいえ、知りません」と正直に言うと馬鹿にします。

 私は「人様に迷惑をかけちゃいけない」と教えられていました。だから、実家から出て少ないお給料で一人暮らしをするようになっても、誰かに食事をご馳走してもらうのは、ずっとお断りしてきました。

 男の人は、素直におごってもらう女の方がかわいいのだと、つい最近知りました。わがままを言う女の方がかわいいのだと、つい最近知りました。

 刑務所では何度も人殺しをした人が三食困らずに食べています。私はお給料日の前に食事をよく抜きます。貧血を起こして一度倒れてからは、前兆が少しでも現れた時の為にチョコレートを常備しています。この間、車でよく通る大通りの陸橋に「毎週水曜日は車を減らそう!電車通勤が地球に優しい」という垂れ幕が掛かっていました。水曜日に切符を買って、電車の窓から眺める大通りは、少ない車がとても快適そうに走っています。仕事を頑張っても評価はされず、頑張らない人の分まで仕事が回ってきます。机周りを汚したことのない私が、食べかすを、書き損じを、切れた枝毛を、掃除して回っています。


 疑いなんかじゃないんです。

 私は間違っていたんです。


 ……生きていくのが、辛いんです。


 人並みに恋愛もしてきたつもりですが、今は人が言うような男の人がいいとは思いません。

 ただ、こんな人に会いたい。私と同じように教えられ、守ってきた人。

 そんな人は、生まれてから三十年間、一度も見たことがありません。


 私はまたこうも教えられてきました。「愚痴ばかり言うのは良くない」と。

 だから…

 だから、今は少しだけ、書くのを許してください。


<2006/2/8>