「玉藻」最終話

 次の日、『玉藻』の記録撮影のためにやってきたのは、真っ黒なサングラスの怪しげな男だった。ぼくとマコ姉は二人揃って玄関でその男を出迎え、マコ姉はあいさつと、ぼくら二人分の自己紹介を済ませると、じゃあ、撮影はどちらでなさいますか、と尋ねた。
 するとその男は、ふっふっふっ、と含み笑いを漏らしたかと思うと、
「ジャジャーン。」
と言ってサングラスを外した。その瞬間、マコ姉は顔面蒼白になって、ガクリと膝から崩れ落ちた。
 サングラスの男は、おじいちゃんだったのだ。
 ぼくは一瞬何が起こったのかわからず、目を白黒させていた。おじいちゃんは肩にかけていたカメラバッグを床に下ろすと、えっへんとばかりに腕組みをして、話し出した。
「いやいや、ビックリしたかね。すべてを仕組んでいたのは何を隠そう、この私だったのだよ。事の始まりは、翔太が初めて一人で我が家へやってくる、という連絡を受けたことだった。私は孫息子の記念すべき初一人旅を祝福すべく、『冒険』をプレゼントしようと思ったのだ。それで考えたのが、偽書をつくり、その偽書に込められた陰謀を暴くまでの物語だ。その偽書には実は、本当に存在したはずの『玉藻』という物語と正反対の物語が書かれていた。それを知り、そしてそれがどうして書かれたのかを推理して欲しかったんだが……。いや、昨日のトラブルにはこちらも驚かされた。何しろ『玉藻』の内容をいっさい読み取らずに偽書だと知ってしまったのだからね。しかも二人ともとんでもない有様でわんわん泣き喚くし、さすがに祖父として心が痛んだ。しかしこちらも大変な元手をかけてこの『冒険』を演出していたからね、何しろ偽書版の『玉藻』の執筆からはじまってだね、古書捏造の専門家に渡りをつけ、料金を支払い、蔵の中の本も、もともと整頓されていたのをわざとぐちゃぐちゃにするのには大変な手間が……。」
 ぼくはあまりの馬鹿馬鹿しさにめまいがしてきて、目を閉じて滔々と語るおじいちゃんの相手をする気がまったくしなくなってしまった。隣では、マコ姉が相変わらず真っ青な顔で「やられた……」とつぶやいている。
「ねえ、マコ姉、どしたの?」
 ぼくがおじいちゃんがいい気分で演説してるのを邪魔しないように、こっそりマコ姉に尋ねた。
「どうかしてた……そうだよ、藤堂貴宗だったんだよ、私たちのおじいちゃんは……。」
「おじいちゃんが藤堂貴宗って名前なのが、どうかしたの?」
 マコ姉はようやく正気を取り戻した様子で、こちらに向き直った。
「翔太お前、ずいぶん読書傾向に偏りがあるみたいだな。」
「いったい何の話してるの?」
「だから、おじいちゃんはミステリー作家なんだよ。現役バリバリの!」
「……ぼくたちを実験台にして、作品が実際に成立するか試してた、とかそういうこと?」
「そういうこと!ああもう、悔しい!なんで気付かなかったんだろ、バカバカ!」


 マコ姉はずっと悔しがってたけど、ぼくはあの本がおじいちゃんが作った偽物の本で、本物の古書でなかったことですごくホッとしていた。ぜんぶおじいちゃんのお話だったんだ。よかった、おじいちゃんの信頼を裏切ったわけじゃなくて。おじいちゃんに意外な一面があることもわかったし、なんか怒ったり泣いたりいっぱいしたけど、終わってみれば全部いい思い出だ。マコ姉にはブスなんて酷いこと言って、悪いことしちゃったな。ああでも、マコ姉のおっぱいは柔かかったなあ。もっとじっくり味わえばよかった。