「玉藻」14

「ただいまー。」
という声がどこかから聞こえて、どやどやといくつかの足音が聞こえた。
 パチッ、という照明のスイッチの音がして、途端にシホの甲高い声が響いた。
「うわあおう、二人とも、いつの間にそんな関係になってたのよお。」
 すぐさま京子伯母さんの声。
「あらやだ、若い子たちは情熱的ねえ。」
 続けておばあちゃんの声。
「あんたたちふざけたこと言ってんじゃないよ。この子たちがそんなことするわけないじゃないか。」
 ぼくとマコ姉は、抱き合ったまま眠り込んでいたのだ。目を開けようとしても、なかなか開かない。きっと、泣きすぎてひどく腫れてしまっているんだろう。とにかく身体を起こして、気合で目をこじ開けると、顔を真っ赤にしたマコ姉が、ぼくと同じようになんとか起き上がろうとしていた。
 おばあちゃんたちがワイワイ言いながら、買ってきたものを冷蔵庫に入れたりしている音がしている。明るくなった部屋で、ぼくらは、さっき起こった出来事が夢だったことを祈るように、『玉藻』のほうを見た。やっぱり、破けている。現実だった。もうパニックにはならなかったけれど、胸の奥がうずいた。
「あ、れ?」
 マコ姉が素っ頓狂な声を上げた。腕を上げて、『玉藻』の破れ目のところを指差す。「白いよ、コレ!」
「え、どういうこと?」
「ほら、破れ目をよく見て。紙の表面と、全然色が違う。ねえコレ、古く見えるように表面を着色してあるだけなんじゃないの?」
「はあ?」
「だ・か・らあ!偽書だよコレ!偽物、に・せ・も・の!」
「ええええええ?」
 ぼくらは何度もその破れ目を確認して、本当に偽物だったらしいことを確信した。おじいちゃんがくれた、大事にしなきゃいけない本であることに変わりはない。でも、ぼくらの気持ちがその発見によって、ずっと軽くなったことは事実だった。


 その夜、夕飯のあとに、またマコ姉がぼくのところにやってきた。
「ねえ翔太、また百万円のひとからメール来ちゃった。」
「何それ、諦めきれない、とか?偽物でした、って返事しとけばいいんじゃない?メールに写真添付して送れば信じてくれるよ、きっと。」
「ううん、それはもう伝えたんだよ。でも、偽物でもいいからどうしても記録しておきたいんだって。カメラ持ってうちに来たいって。撮影はこっちでやってメールで送りましょうか?って言ったんだけど。それじゃ不満らしいんだよね。どうする?」
「別に構わないけど……ヤだね、変なひとだったら。」
「変なひとなんだろうね。でも、ここまで変だとちょっと見てみたいな。」
 確かに、といってぼくらは笑った。じゃあオーケーの返事出しちゃうからね、とマコ姉は戻っていった。その後でふと、あれ、なんでぼくマコ姉とこんなに仲よく話してんだろう、と思った。