黒い花火

 灰色の作業着を着た初老の男が、プラスチック様の赤い大きなものを持って歩道をよたよたと、車道側に向かって横切っていた。その赤い何かは、親子用の自転車の、ハンドルとサドルの間に設置される子供用の椅子のように見えた。奇妙な組み合わせだった。男の禿げ上がった頭を、側頭部からの白い髪がほやほやと覆っていた。下腹がやや出ている。よたつく脚はがに股で、そばを歩く人々はすこし距離をとって男を避けた。男の目は前方上方にある、街路樹の梢を見ていた。僕も大げさに迂回しようとした、その刹那だった。


 いよっ、と男が赤いものを放り上げた。


 赤いものは、ゆったりとした曲線を描いて、夕暮れの薄黒い梢に飛び込んでいった。さんさんささささ、と音がしたまたその刹那。


 数十羽の小鳥が一斉に、梢から放射状に飛び出した。

 うわっ、と声が出そうになった。僕は男の後ろを通り過ぎようとしながら一緒に上を向いていて、光を失いかけた赤紫の空を背景に梢から広がる陰の線分に、完全に心を奪われた。


 そうか。これが見たかったか。くつくつと、笑い出したいような、拍手したいような気持ちが起こった。申し訳のない思い違いをしたものだ。


 カターン

 と高い音を立てて赤いものが落ちた。