現場編 10

10日目 埼玉県某市
作業内容:返本廃棄


 再び返本廃棄に。


 仕事は朝礼から始まる。挨拶、訓示、アルバイトと日雇いの組み合わせ。すべては前回と同じ順序で、滞りなく進んでいく。


 パートナーになったのは、ごく控えめに言って、あまり頭の良くない人だった。二度目とはいえ、わからないことはまだ幾らかある。質問をして、要領を得ない説明を受けるたびに気持ちが沈む。


 憂鬱な目で見る世界は、どうしてこれほどまでに色合いを変えてしまうのだろう。見えていたものは見えなくなり、見えなかったものが見えてくる。


 乱暴な運転をするフォークリフト。移動する肥大した自我。


 巨大ラップの包装を解いた瞬間にカゴ車から崩れ落ちる返本の詰まったダンボール。わずかな手間を惜しんで他人を危険に晒す想像力の欠如。


 些細なミスを見咎めては、顔を歪め奇妙に高い声を発して注意するアルバイト。自分よりも体格の劣った人間を「坊や」と呼んで蔑もうとする社員。人の顔を見て話せない人々。世界を見ることをやめてしまった人々。


 僕の現場用の明るさが空回りする空虚な時間。


 まいったな、打つ手なしだ。


 途方に暮れて黙々と働いていると、見覚えのあるトラックが入ってくる。あ、昭和二十二年生まれのおっちゃん。どうも〜、今回で二度目です〜と挨拶すると、あ、うん、と言いながら複雑な表情を浮かべている。


「なんで戻ってきたんだ。」


 僕はおっちゃんにそう言われたような気がした。そうですよね、すみません。


 今回は特に話をすることもなく荷降ろしを終え、おっちゃんは次の現場に向かっていった。


 袖振り合うも他生の縁、かな。いや、一期一会か。どちらにしろすごいことだ。かっこいいもんだな、大人の男って。


 おっちゃんの登場でまた少し気分が良くなって、けれど新たな話相手が現れるわけでもなく、僕はまた黙々と働き続ける。線は細いし、力もない。だけど働くペースは落とさない(なにしろ僕は、この体の独裁者なのだ)。少しずつ少しずつ周囲の人々の態度も変わってきて、初めに僕を「坊や」と呼んだおっさんが、いつの間にか「にーちゃん」と呼称を改めている。かすかな勝利を味わって、ようやく穏やかな気分を取り戻す。


 今日は荷量が少なめだったとかで、契約時間よりも一時間早く仕事は終了。給与は実当分なので、一時間分得をしてしまった。得をした分また働いて返さなきゃ、とは思うのだけれど、もうここに来るのはやめておこう。


 おっちゃんがもし僕のことを覚えていたのなら、ついでに僕が来なくなったことにも気づいてほしい。できれば僕のその後を明るく想像して、真っ当な仕事に就いたのだと思っていてほしい。


 帰りの電車の中で、そんな事を思った。