有限

「愛」について考えるたびに、私は若いころに読んだ西欧の作家の、こんな言葉を思い出さずにはいられない。
「人はなぜ去ってゆくもののみを愛するのだろうか。」
ちょっと意外にも思われる言葉だが、よく噛みしめてみると、すこしずつ重い真実がこころに伝わってくるところがある。
私たちは平和を愛する。しかし、本当に切実に平和を願うのは、それが失われようとしている時か、戦乱のさなかにおいてではなかろうか。
万葉の歌人が春をうたうのは、やがて過ぎ去る短い季節の実感からではあるまいか。
永遠にそばにいてくれる異性を、私たちはいつまでも激しく恋うるだろうか。命のみじかさを実感すればこそ、「恋しいひと」と呼びかけるのかもしれない。
人間は勝手なものだ。やがて離れていくもの、たちまち去っていくもの、そういうものに心惹かれ、情熱を注ぐ。


────────────────────五木寛之『愛するということの真実』


「人はなぜ去ってゆくもののみを愛するのだろうか。」


こんな言葉を書きとめた、西欧の作家とはいったい誰なのだろう。
私たちは愛するものが去っていくのを惜しみ悲しむのではなく、それが去っていくものであるがゆえに愛する。
密かに込められた「顛倒」は、その密やかさによって私のこころを打ったのだった。
私は、ついに私を愛しはじめている。