姉の娘

 姉はほんとうに美しい人だった。私は幼い頃から、美を称える言葉というのは姉のために用意されているのだと思っていた。柳眉、という言葉を知れば姉の眉を見た。白皙、という言葉を知れば姉の肌を見た。白魚のような指、というのは姉の指のことであろうと思ったし、立てば芍薬座れば牡丹、というのは姉の優美な所作を表すのだろう、少し物足りなくはあるけれど、などと思っていた。しかも、その姉は学校の成績も抜群なのだった。私のような肌の浅黒いお馬鹿さんの、どうしてこの人が姉なのであろうかと、私は折に触れて不思議に思った。
 その姉の訃報が舞い込んできたのは、今年の四月のことだ。彼女は娘と二人暮ししていたアパートに押し入ってきた強盗に、あっけなく刺し殺されてしまった。暴行の形跡はありませんでした、そう伝えてきた刑事が私を慰めようとしていたのか、勿体ないと思っていたのかはわからない。
 子供のなかった私達夫婦は、母を失った少女を引き取った。母譲りの美貌の少女は、ようやく十に届こうかという年頃ながら、極めて理知的な雰囲気を漂わせていた。新たな環境にもなんなく溶け込むだろうと思われたが、彼女には一つだけ難点があった。ひどく夢見が悪かったのだ。
「アタシも下らない男に引っ掛かっちまったよ!」
 寝入り端に隣の部屋から聞こえる野太いしわがれ声に、初め私はビクリと体を震わせた。居間のテレビは確実に消してあった。戸締りも確認済みだった。彼女の寝言なのだった。
 ある夜、また彼女の寝言が聞こえた。
「バカ、やめろ!こっちくんな!こっちくんなオイ!」
 私はもう驚きはしなかった。私はこの娘を、これからますます愛するだろうという確信が募るばかりだった。