霞むヴォイス

 んー……なんだか、先週の自分とうまく繋がれなくなってしまった。


 仕切り直し、かな。


●Voiceをいきなり回顧してみる


 内田先生のブログに初めて「ヴォイス」という単語が出てきたのは、詩人の銀色夏生さんについて書いた2005年11月26日付「そして僕は途方に暮れる」。

http://blog.tatsuru.com/archives/001390.php

 <引用>

銀色さんは独特の「ヴォイス」を持っている人である。
そういう人と話しているときには、具体的な個人に向かって話しているというよりは、そのような形象をまとった「非人称的なもの」に触れているような気がする。

 <引用終わり>


 その次が、2006年07月18日「九条どうでしょう同窓会」。

http://blog.tatsuru.com/archives/001832.php

 ここでVoiceは蛇口に喩えられ、それが持つ自己批評性についても言及されている。


 そして、3月30日付エントリ「入れ歯でGO」で取り上げられ、4月10日から始まったクリエイティブ・ライティングの講義開始以来、頻繁に扱われるという最近の流れができている。


●そういえば、講義は一昨年秋にもあった


 2006年後期から神戸女学院大学で始まった「クリエイティブ・ライティング」講座。その目的は、内田先生のブログの言を借りれば、


「私たちのような劫を経たおじさんたちが読んでもなおリーダブルであるようなテクストの『書き手』を養成し、できることなら芥川賞でも直木賞でも三島賞でも泉鏡花賞でもSF大賞でも乱歩賞でも取ってもら」うことにあるという。


 全力で目的達成のお手伝いをさせていただきます(真剣)。

 この「業を経たおじさんたちが読んでもなおリーダブルであるような」という部分には深く共感する。僕は決して「業を経たおじさん」ではないし、優秀な読み手ですらないのだけれど(何しろ絶望的な遅読なのです)、事実「読めない」小説はあまりにも多い。ボキャブラリーの貧しさや文法に関しての無知、古びた(けれど年少の読者にとってはかろうじて新鮮であるのかもしれない)テーマ、その掘り下げ方の浅さ、全く共感できない登場人物たち……それが売れるんだから仕方がない、と言われればそれまでだ。けれど僕にだって、それを良しとしない程度には小説への愛がある。まあお蔭で古典に親しむ習慣ができたりもするのだけど、同時代に生まれたことを喜べたり、自分がその作家の終着点を見届けられないことを惜しんだり、早世を悲しんだりできる、そういう作家はいくらいてもいいんじゃないか。


 求められているのはそれほど難しいことではない。派手に外しといてなんだよ、と言われるかもしれないけれど、それでもそう思う。別に新たな人生観や世界観や深遠な思想やロールモデルになりうるヒーロー像を提出せよ、と言っているわけではないのだ……もちろん、一人の書き手として夢見ないではないけれど。ただ読者としての僕が思うように、まず「読める」言葉で書いてくれ、と言っているだけなのだ。その期待に応えようと努力し続けることに迷いはない。内容はいくらでも後からついてくる(と思う)。


 垣間見える2006年度の講義内容を推し量るに、「わたし」以外の視点で書くこと、を中心にそれは進められていたものらしい。課題になったテーマは「異類憑依」(人間以外の視点から文章を書く)、「ジェンダー交換」(男は女目線で、女は男目線で)。そしておそらくは、それらが発展解消された結果が、「わたし」の「次元」を「割る」という表現に結びついている。


 Voiceを理解する上で、もう一つ重大だと感じたエントリがある。

http://blog.tatsuru.com/2007/06/22_2121.php

 「倍音エクリチュール」というタイトルのこの記事には、他大学で出張講演を行ったことと、その内容が詳述されている。音楽、音声における「倍音」と、その「天上から響くように感じられる」性質を解説しながら、芸術における喜びは須らく倍音的なのではないか、と内田先生は問題提起している。人はそこに「自分が今読みたいと思っている当の言葉」を読み取り、「『これは私だけのために書かれ、時代を超え、空間を超えて、作者から私あてに今届いたメッセージなのだ』という幸福な錯覚」を起こすのだ、と。


 内田先生は当時、「書くことで倍音は出せるか?」という問いに取りつかれていた。私自身にも答えが出ない、それでも途中からかなり問題の見通しがよくなってきた、と書いてある。そしてそれは、2007年06月22日の話だ。僕は実際に倍音を出す文章術としてVoice、言葉を割る、というところに内田先生がたどり着いたのだと思っている。


 さあ、これぐらいで僕の誤解を解くための準備は整ったかな?


 まだまだ続いて、どんどん文章を書いていきますよ〜。