現場編 4

四日目 埼玉県某市 物流センター

作業内容:ピッキング


 朝。駅前の集合場所に見慣れた顔がある。初回の仕事で一緒になった人だ。あ、どもども。その後いかがですか。あ、今回で四回目。そうですか、いやあ、僕とちょうど同じですね。


「で、どうですかその後。お身体の具合は?」


「相変わらず、痛いです。」


 彼はたぶん僕よりも少し年上で、変形性関節症を患っている。大腿骨の股関節接合部に、ゆがみが見つかったのだそうだ。動くのはもちろん、寝ていても痛みは消えない。日雇いをする前はデスクワークをしていた。長時間勤務が多く、食事は不規則になりがちだった。そんなところにも遠因があるのかもしれない。僕らは出会ってすぐに、そんな話をした。


 そういう症状じゃ、労災とかって話にもなりにくそうですね。ならないですね、でも治療しなくちゃいけないし、それにはリハビリが必要だし、リハビリは昼間病院に行かなきゃ受けられない。だから退職しました。そうですか……あの、人工骨に入れ替えたり、っていう選択肢はないんですか?ありますよ。ただ、人工骨って、あまりもたないんです。そうすると再手術が難しいから、ある程度の年齢になるまでは人工骨は入れるな、って言われてるんですよ。少し早すぎたみたいです、この病気になるには。


 前回、僕は何もしてあげられなかった。股関節を大きく動かす作業をしようとする彼から、何度か仕事を奪った。それは問題の根本的な解決には一切貢献しなかった。立ったままでも、彼から痛みが去ることはない。


 今回も、僕には何もできないだろう。


 バスを待つ間、停留所のそばにあるコンビニの前でタバコを吸う。2、3人がすでにタバコをふかしている。そこにも見覚えのある顔がある。


 げ、「武闘派オタク」の二人組だ。


 気付いてすぐに、頬が強張り始める。いや、待て。別に対立したいわけじゃない。僕は彼らの言動を勝手に解釈しただけで、それが正解だと決まったわけでもない。そんなものは忘れて、改めて彼らと話をしてみる。少なくとも、そう心がける。


 片方(僕の間違いを強く指摘した人だ)の印象は、あまり変わらない。彼は今日の現場を経験済みらしく、仕事の内容説明をしては「教えてやる」という態度をチラつかせる。バスの話題が出れば、自分が車を持っていることを誇示し、かつ駐車場を使えないことに不満をもらす。


 もう片方のメガネをかけた人は、うんうんと頷いている。片方の人が笑わせようとするタイミングで、笑う。もしかするとこの人は、優しい人かもしれない。そういえば前回は遠くから笑っているのをみただけで、直接には一度も言葉を交わさなかった。それで勝手に同類だと思い込んだだけか。


 バスに乗って現場へ。


 物流センターが今日の仕事場だ。倉庫と物流センターの違いはよくわからないけど、確か入り口にそう書いてあった。


 扱うのは衣料品の一種。ダンボールに詰め込まれた大量の在庫が、そこかしこに山積みになっている。その間を縫うようにして通路が張り巡らされ、棚が並んでいる。棚にはまた、上面と前面上部を切り取られ、ガムテープで補強されたダンボールがズラリと置いてある。


 物流センターの朝は、在庫から棚のダンボールに衣料品を移すところから始まるのだ。僕たち派遣の朝は、その過程で出るダンボールを潰すところから始まる。前日の分も残っていて、空きダンボールだけで築かれた山も結構な高さだ。専用のカッターを使ってダンボール下面を留めているガムテープをピッ、ピッ、ピーッと切り、ガバッと開いて折りたたむ。どこからかカゴ車が運ばれてきて、たたんだダンボールはどんどん積み込まれていく。


 僕のすぐ隣で、例のメガネの人が作業している。僕はまだ現場に着いたばかりだから、上に書いたような大枠の状況も理解してはいない。ただ何となく、言われたままに作業している段階だ。経験者らしいのでいろいろと質問すると、「僕もそんなに知ってるわけじゃないんですけどね」と前置きして、知っていることを教えてくれる。僕が指示を受けてその場を離れるときに「じゃあ、あとはお願いします」と一礼すると、彼は笑って礼を返してくれた。ほらみろ、完全な誤解だったじゃないか。


 ダンボールを潰し終えると「ピッキング」作業の開始。手順はこうだ。まず「指示書」を受け取る。そこには、品物のリストと、大体の量が記載されている。量に見合ったサイズの、新品の空きダンボールを取り、ワゴンに乗せる。そのワゴンを押しながら棚を巡って、手元の指示書と、棚に貼られたラベルを照らし合わせながら品物をダンボールに詰めていく。一通り入れたらガムテープで封をし、宛名のラベルを貼り付けて完了。指示書をもらってから宛名ラベルを貼るところまでの工程を、ひたすら繰り返すのが僕たちの主な仕事になる。品物を拾って(pick)いくから「ピッキング」なのかな、と思っていたら、yahoo!辞書には「物流業で商品を仕分けすること」とアッサリ書かれておりました。そういうことらしい。


 最初の一周だけ、パートのおばさんが付き添って色々と教えてくれる。品物はそっと置くように入れ、一度に沢山の品物を手に持たない。正確第一、スピードは二の次。人数はパートと派遣を合わせて30人近くいるから、それでも大丈夫、ということなのだろうか。腑に落ちないけれど、丁寧にやるのは嫌いじゃない。素直に返事をして、僕は一人の作業に入る。


 棚にも、その他の場所にも、とにかくものすごい量の品物が置いてある。一つのメーカーだけで男性用、女性用、子供用とあって、しかもサイズ毎に用意されているのだから、種類は何千とあるんじゃないだろうか。


 最初は慣れていないこともあって、少し多めの指示書に当たると、一周するだけで30分近くかかる。パートのおばさんたちにも、次々と追い越されていく。僕ももういい大人だ。状況は冷静に判断できる。このスピードの差は、純粋に経験の差でしかない。彼女たちはおそらく、何年もここでワゴンを押しているんだろう。そんなパートのおばさんたちが、僕よりもテキパキと作業を進めていく。当然の話だ。悔しがる理由はない。全然、悔しくない。


 ぜんぜん、悔しくなんかないぞっ!


 だんだん作業にも慣れてきて、品番の照合も目と頭が勝手にやってくれるようになってきた。僕が回転を上げられるところはどこだ?品物を取る腕だ。棚から棚へ移動する足だ。もう余計な動きはいらない。最小限の動きで、高速回転するんだ!よしっ、いくぞ!お前らの存在を証明して見せろ!新参者は、未熟者とイコールではないことを誰の目にも明らかにするのだ!


 僕は加速し始めた。主観的には周囲の時空がゆがむほどの勢いで、次から次へと品物を取る。移動は大股だ。すぐに身体が温かくなってきた。心拍数が上がる。毛穴から汗が滲み出す。それでいい。全力だ!全力で勝ちに行く!


 そんな僕の脇を、つーっとおばさんが通り抜けていく。


 そ……そんなバカなッ!彼我の戦力差はそれほどまでに圧倒的だとでも言うのかッ!……認めん。断じて認めんぞッ!


 動揺する僕を尻目に、おばさんがパッと掴んだいくつもの品物を、ポンとダンボールに放り込んだ。


 え。


 正確第一じゃ、ないの?


 僕の回転はみるみる落ちる。少しばかりリソースを思考に割いて、事態を見極めなければいけない。


 他のパートのおばさんたちをチラリと見る。同じだ。やはり、あれらのルールは派遣にのみ適用されている。品物を丁寧に詰める、数量を間違えないように注意する。それは当然必須の心構えだ。だが、そのための「そっと置く」「一度に複数持たない」という注意事項は、パートには徹底されていない。それはつまり、どういうことを意味しているのか。


 理性的に考えれば、これまで日雇い派遣としてこの職場にやってきた人々の、そして彼らを受け容れてきた人々の経験の蓄積が、これらのルールを作り上げた、ということになる。派遣に作業内容を教え、実行させ、梱包された衣料品が配送先に届く。届いた先で、開梱した人々が驚く。ダンボールに無理やり詰め込まれて折り目がついている。乱雑に詰められて折り目がついている。結果、それらは売り物にならなくなった。あるいは、数量の間違いによって「品切れ」をきたした、「過剰在庫」をもたらした。そんな報告が、配送先から戻ってきたとする。


 どのダンボールを、誰が詰めたか。それが記録として残るシステムは完備されている。配送先からの報告によって「問題アリ」とされたダンボールを詰めたのが、パートなのか派遣なのか、それがわかる。統計処理し割合上ミスをする確率が高いのは派遣である、そういう結論が出ても不思議はない(だって、ほとんどの派遣は初めてなんだから)。


 そんな状況が、日雇い派遣として働く労働者「だけ」に適用されるルールを設定させた。そういうことなのだろう。


 だが日雇い派遣と言っても、その実態は様々である。


 僕のように素寒貧になって僅かな日銭を稼がねばいけなくなった人間、あるいはどのような形態であれ「面接」を一切通過できない人間(派遣会社の面接はただの儀式だ)、そんな人間はむしろ例外に属する。中には授業が忙しく、都合よく週1・2回働けるアルバイトを見つけられなかった学生もいる。仕事の内容そのものに一切こだわりをもたない大学院生もいる。少し家計の助けになればそれで十分、という主婦もいる。ニートからの社会復帰の第一歩として、その場を選んだ人間もいる(これは僕か)。会社員として働きつつも、「身体を動かす仕事もしたいな」と気分転換がわりにこの仕事に就く人間もいるだろう。その能力や性質は一律ではない。それは、そのルールを設定した側にいる人々とも共通する事実だ。


「何ごちゃごちゃ言ってんの?初めての人はミスが多いんだから、ミスを最小限にする工夫は当たり前でしょ?」


 そうですね。ですが実のところ、僕は複数回この現場を踏んだ上でこの文章を書いています。その「工夫」の実態について……いや、それは後の文章に譲りましょう。ただ、この時点で僕が考えていたこと、言いたいと思っていたことだけを書かせていただきます。


 それはつまりこういうことだ。


 適用される人間を限定したルールは、容易に偏見に結びつく。派遣だけに「品物をダンボールに投げ込んではいけない」という禁則を課すことは、「派遣は仕事が雑だ」という偏見を生む。派遣だけに「品物を一度に複数持ってはいけない」という禁則を課すことは、「派遣は数も数えられない」という偏見を生む。それが偏見だと思って遠ざけられる人間がいるうちは大丈夫だろう。だが、人は入れ替わる。偏見はやがて既成事実化され、劣等感に悩む人間の吹き溜まりに変わる。


 感情的に考えれば、より実情に近づくだろう。誰もが、個々人が持っている「日雇い派遣」に対しての先入観に、合致する特徴だけを拾い上げる。金髪、ピアス、だらしない服装、だらしない仕草、低い言語能力、やる気のなさ、社会不適合。実際に見かけたのが百人に一人であっても、「ほら、やっぱり」と思う。そうしてなけなしの優越感を補強する。いつしか「日雇い派遣」が、「落伍者」の記号にしか見えなくなる。


 気持ちはわかるさ。僕だってそうだから。


 ……あ、考えすぎてペースが落ちてる。とりあえず大体事情は飲み込めたので、「パートや社員の前では禁則を犯さない」という行動方針を決定して、再度の高速回転を試みる。天井は低い。パートのおばさんたちよりもパフォーマンスが上がらなくとも、仕方がない、と考えるほかない。


 昼休みになった。僕らは別棟に移動し、食堂で昼食をとる。驚いたことに、その食堂は「喫煙可」である。食事の後に、わざわざ移動せずともタバコが吸える。ただそれだけで、自宅にいるようなリラックス気分を味わえる。”Smoker’s Paradise”と、僕はそこを密かに名付けた。


 朝、駅前の集合場所で点呼を取っていた女性が、パートの女性と仲良く話している。さすがに何度も来ていれば、派遣とパートの間でも人間関係は構築されるのだ。ややホッとして、耳に入ってくる会話への警戒を緩める。


「あなた、結婚は?」


「え、してますよー。夫は昼間は会社ですから、家でじっとしてても退屈なんです。」


「そう。子供はいないの?」


「ええ、ウチはまだいないんですよね。焦らず待とう、って二人で言ってます。」


「旦那さん、ご長男?あなた、一人娘?」


「いえ、どっちも上がいますから。」


「あら、そ。じゃ問題ないわね。」


 どうやらここには、「平成」が来ていないらしい。



 午後の仕事が開始される。午前中で吸収した情報だけで午後は回る。それが「軽作業」ということだ。特記すべき事項は見当たらない。たった一つの、例外を除いては。


 異常なスピードで作業するパートの女性がいる。どうもパートの中でも若干上に位置する人らしく、午前中にピッキングしていた姿は記憶にない。管理・発注といった、内部の仕事を担当していたのかもしれない。


 とにかく、速い。彼女が横を通り過ぎると、一陣の風が頬を撫でる。多少渋滞しているときに、ワゴンを押しながら隙間を抜けていく様子が尋常じゃない。ものすごいコーナリングテクだ。品物を取る手さばき、体さばきにも目を見張るものがある。パートのおばさんたちの中で、明らかに頭一つ抜けた存在だ。僕は彼女を、田中芳樹の名作『銀河英雄伝説』にちなんで、「疾風ウォルフ」と呼ぶことにした。


 デキル人がいると、どうにもウズウズしてくる。追いかけたい、抜かれたくない、そんな気持ちがビシビシと鞭を入れてくる。


──心象風景『銀英伝』(ご存じない方ご容赦ください)──


 宇宙暦794年、帝国暦486年──帝国領辺境惑星エッダ周辺宙域において、自由惑星同盟軍と銀河帝国軍との間に局地的な戦闘が開始された。


 これは自由惑星同盟の長期侵攻計画の一環であり、周到な準備を経ての作戦である。虚を衝かれた形となった帝国軍艦隊は、多勢に無勢、防戦一方の苦しい戦いを強いられた。


 帝国軍人の誰もが敗北を覚悟した、その刹那──。


 自由惑星同盟軍の三部隊、そのもっとも前線に近い大隊を指揮していた、オールコット准将の指揮する旗艦「プライムフィールド」が撃沈される、という信じられない出来事が起こった。


 その事件の立役者こそ、後に「疾風ウォルフ」と異名をとる、ウォルフガング・ミッターマイヤー中佐であった。寡兵を侮った敵将オールコットが不用意に前進した、その一瞬の隙を突いて一気に敵中に侵入。同士討ちを恐れる自由惑星同盟軍が艦隊運動を乱す中、ただ一隊完璧な艦隊指揮を揮って旗艦周辺に攻撃を集中し、見事に撃破して見せたのである。同盟艦隊が統制を取り戻したとき、ミッターマイヤー艦隊はすでに射程外への移動を完了していた。


 帝国軍中には、もう一人の若き英雄がいた。後に「黒色槍騎兵艦隊─シュワルツランツェンレイター」を率い「赤毛の闘将」と恐れられた、フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト中佐である。


 ビッテンフェルト中佐の率いる艦隊は敗色濃厚な戦闘のさなかにあって、獅子奮迅の活躍ぶりを見せていた。だが、プライムフィールド撃破の報告を受けたとき、ビッテンフェルトは己の中にあった「負け戦の覚悟」に気付かされたのである。


(オレは……勝とうとしていなかった!)


 ビッテンフェルトは己を恥じた。そして戦功を立てたミッターマイヤーを讃えた。今からでも遅くはない。オレは勝ちに行く。そして、この戦いを、この名を、歴史に刻んでみせる!


 旗艦を失いながらも統制を取り戻しつつあったオールコット艦隊は、射程外に逃げ去ったミッターマイヤー艦隊を追うべきか逡巡していた。どの艦も、別働部隊の将官に追撃を打診し、許可を待っていたのである。仇討ちに戦意は高揚した。許可と同時に、全艦が我こそはとエンジンを全開にした。そのとき艦隊はその隊列を伸ばし、脇腹を曝け出すこととなった。


 その側面に、ビッテンフェルト艦隊は猛然と襲い掛かったのである。同盟艦のレーダー・索敵担当者に、10分前のビッテンフェルト艦隊の位置を把握せぬものはいなかった。そして、現在のビッテンフェルト艦隊の位置を予測できたものも。ビッテンフェルトの突撃によって孤立させられた先行艦隊は帝国軍の集中砲火を受け壊滅。同盟軍内に充満していた戦意ははかなく雲散霧消した。味方部隊に逃げ込もうとする艦が続出し、艦同士に衝突が起こるほどの混乱を生じた。帝国軍は敗走する敵艦隊を掃討するどころか、その後背について第一、第二の大隊内部まで侵入。その戦果を欲しいままにするに至ったのである。


 こうして、帝国史に栄光の一ページは書き加えられた。


──心象風景『銀英伝』終了──


「『疾風ウォルフ』……!ヤツを破るために、オレはビッテンフェルトになるしかない。戦術も、艦隊運動もヤツには敵わん。だが、オレには「シュワルツランツェンレイター」がある。猪突猛進と笑わば笑え!この突破力で、敵陣のどてっ腹に風穴を開けてくれるわ!!」


 僕は再度のスピードアップを試みた。5時を過ぎて人数は半減しており、監視者も少ない。今こそ、僕の持つすべてのポテンシャルを開放するときだ。


「進め、進め、進め!なに、品物を放り投げるな、だと?一度に沢山取るな、だと?構うものか!突き進むのだ!」


 が、世界は無情であった。「疾風ウォルフ」はビッテンフェルトの突撃を許しはしなかったのである。


「あ、あの、初めての方は一度に複数の品物を取ってはいけないことになっているんです。」


 ウォルフ……お前もか……!



 とまあ、そんな感じでお仕事終了。


 荷物をまとめて、帰りのバスを待つ。仕事中一度も話はしなかったけれど、派遣として働いていた男の人が隣で同じように待っている。先にバス亭に待っていた僕から、「あ、お疲れ様ですー」と声を掛ける。


「あれ、なんだかそのバッグ、見覚えが……。野球部の人なんかが持ってるヤツじゃありませんか?」


 僕は気付いて口に出す。大きくて、四角くて、テカついたバッグだ。


「あー、惜しいね。これはサッカー部。」


 なるほど。さっぱり見分けがつかん。


「運動部だったんですか?じゃあ、きっと僕より体力があるだろうし、今日の仕事なんて楽チンだったんじゃないですか?」


「そうですね、単調ではありましたけど。」


「いやー、羨ましいです。僕はこんな仕事でも、最後の二時間はけっこう辛くなってきますからねー。」


「でもま、そんなこと言ってたら稼げないしね。やっぱ体力でしょ。他の派遣会社にも登録してて、色んな現場回ってるんですよ。ガンガン働いて、ガンガン稼がなきゃ。」


 だったらこんな仕事をする前に、という言葉が出かかる。話題を変えよう。色んな現場の情報交換をして、今後の日雇い仕事選びの参考にするか。こっちは何しろ前回ヒドイ目にあってるから、そこを注意するだけでも彼には有益だろう。


 会社の名前を挙げて、どんな作業をしたか話す。彼は、全然驚いた表情を見せない。僕には辛くとも自分なら楽勝だと思っているのか。僕が大げさに話しているとしか思っていないのか。彼は倉庫もいくつか回ったことがあるらしい。話の流れで、倉庫業がどこで利益を出しているのか、という話を詳しく聞く。へえー、倉庫から港湾への輸送なんかも、倉庫会社が受け持つことがあるんだな。


「なるほど、あ、だからかもしれない。倉庫って、結構働いている人がのんびりしている印象を受けたんですよね、特にさっき話したところは。業界規定で『どんな作業に、どれだけの料金』ていう体系がきちんと整備されてたら、お客さんに『ついでにこれも頼むよ』とかってゴリ押しされたりするケースが少なくなる可能性も、ありますね。」


「いや、どうでしょう。」


 違うか。


「とまあ、そんな感じですから、○○○○○○○、派遣会社から案内されたら、真っ先にエントリしてくださいよ。」


 笑いながら、そこの現場をオススメする。


「ぜーったい、行きませんよ、そんなの。」


 笑いながら、人に自慢するためだけの体力かよ、と思う。


 今日は帰宅してからも用事がある。友人の誕生パーティーに招待されているのだ。行きたいけど、参加費も払えないよ、と一旦は断ったのだけど、タダでいいよ、とありがたい申し出を受けた。のんびり帰って、空腹のあまり取るつもりのなかった夕食も自宅で済ませ、シャワーを浴びて着替えたら、すでに開始時間は過ぎていた。


 でもせっかく誘ってくれたんだから、遅れても行かなくちゃ。


 ガタゴト電車に揺られて、赤坂のパーティー会場に向かう。


 場所をしっかり確認していなかったせいで、赤坂で迷う。グーグルのストリートビューで、がっちり確認しとけばよかった。


 とにもかくにも到着。会場に入ると、パーティーのプログラムにあった、別の友人(レーベルに所属する歌手)のステージはもう後半に差し掛かっている。飲み物をもらって、招待してくれた友人にお祝いと感謝のメッセージを伝える。南国風のドレスは彼女のスレンダーな身体を一層美しく見せている。女の子たちはみんな、とてもステキだ。六本木を主な狩り場にしている彼女たちには外国人の友人も多く、英語やフランス語も飛び交っている。紳士淑女の、社交場だね。僕はパーティーの定位置(すみっこ)で右手にビール、左手にタバコを持って、ヴォーカルに耳を澄ます。


 ああ、いい気分だ。


 ジャズエイジ、という言葉がふと脳裏をよぎる。