無名草子九 夜半のねざめ(原文)

九 夜半のねざめ


 寢覺こそ取り立てていみじき節もなく、又さしてめでたしといふべき所なけれども、初めよりたゞ人ひとり〔の〕ことにて、ちる心もなく、しめじめとあはれに心入りて作り出でけん程思ひやられて、あはれにありがたきものにて侍れ。いづくか少し胸のひまあり、心づくしなるといふなかに、身にしみて覺ゆるふしぶしは、忽ちにあらずと見なしたる、心騷ぎたる淺ましきに、
  漕ぎ返りおなじ湊による舟のなぎさをそれと知らずやありけむ
といひ出でたるを聞きつけ給へる心のうち。又ことどもあらはれて、中のうへ廣澤へおはする程、
  立ちもゐも羽をならべし羣鳥(むらどり)のかゝる別れを思ひかけきや
などある折。雪の夜廣澤におはして、空しくたち歸り給ふを、心苦しく見佗(わ)びて、小將、
  めぐり逢はむ折をも待たず限りとや思ひはつべき冬の夜の月
と慰め聞こゆれば、
  今宵だにかけはなれたる月を見で又やは逢はんめぐり逢う夜を
宮中將も心深く尋ね來にけるを、思ふ心あらむかしとあやめ給ふ所。又老(おい)關白のもとへ渡らせ給ふ程近くなりて、わりなく對面し給ふ程の事ども、姫君の御事聞え給へるに、いとゞつゝましげなる顏ひき入れて、おなづきたる程などこそいとほしけれ。さてのみあるべきならで、出で給ふ曉の事どもなど。又關白殿へ渡らせ給ひて後、いと生憎なる御氣色(きそく)にて慰めわび、大殿廣澤におはしてうれへ給へる。入道もいとものしと思して、宰相中將御使にてさいなみおこせ給へるを、頭もたげてつくづくと聞きても、いふべきかたも無きまゝにいとはかなげにつゞきもなく紛(まぎら)はして、袖に顏を押しあててゐ給へるこそいとほしけれ。大將、女一の宮へ參り給ふ折、姉上、
  絶えぬべき契りに代へて惜しからぬ命をけふに限りてしがな
とて、止めもあへぬ涙の氣色(けしき)などこそいとほしけれ。右衛門督たづねあはして、
  覺めがたき常に常なき世なれども又いとかゝる夢をこそ見ね
と宣ふ。返し、まさこ
  かけてだに思はざりきや程もなくかゝる夢路に迷ふべしとは
などある程。又右衛門督法師になると聞きて、まさこ、
  これはうき夢をさますといひながら猶もうつゝの心地こそせね
とあるこそいとあはれなれ。
 何事よりもいみじき事は、まさこ〔と〕女三の宮との御あはひとこそ。院の勘當にていとはしたなき折、中納言の君に逢ひて
  吹きはらふ嵐にわびて淺茅生に露のこらじと君につたへよ
と宣へば、中納言の君、
  あらし吹く淺茅がすゑに置く露の消えかへりてもいつか忘れん
などいふ程の事。さてことどもなほりてかへりあひ奉りて、
  ながらふる命をなどていとひけむかゝる夕もあればありけり
と聞ゆれば、
  消え殘る身もつきもせず恨めしきあらば又うき折もこそあれ
と宣ふ程など、返す返すもめでたくいとほし。
 女一の宮の御心もちひ有樣こそめでたけれ。なからひもみだりがはしき身の契りこそいみじくくちをしけれ。心もちひいとよし。さばかり契り深く、互(かたみ)に思ひかはしながら、姉上に憚りて心より外なる事こそあらめ、一行(ひとくだり)の返事(かへりごと)も我とはせじと思ひかため〔たる〕程に、關白殿に渡り給ひて後、たとしへなき人の有樣をみるにつけても忍びがたくて、をりをりの返事もわりなく紛はしてしたる程、日ごろいみじく淺からず書きかはさむを、この後しもあと絶えたらましかば、いかにくちをしからましと、限りなく思ひ知られたるもことわりなりかし。さてやうやう大殿にも思ひなびき、姉上とも仲よくなりなどして後は、又聞えにくゝ思したるもさる事なり。大殿に入道のゆるしとらせ給ひし程、大將のちゞの言葉をつくして、『ゐて隱してん。』といられもまれ給ひしに、身をばちゞに碎き、命も絶ゆばかり思ひ沈みながら、心づよくなびかで、我も人も人聞きおだしき樣にもてしづめて、やみ給ひし程は、いみじき心上(じやう)ずとこそ覺ゆれ。辨の乳母・左衛門督などのものいひ給ふにくさには、ながらへてのおとぎき、姉上の御ためうしろめたき心恥かはしなど、さまで思ひのどむべくやはある。」などいへば、又「すべて中のうえはいみじき心上ずとこそものすめれ。わりなく人の惑ふ折は、いみじくあやにくだち、心強く、又思ひ絶えんとすれば、あはれを見せむとしためるを、
  かぎりとて思ひ絶え行く世の中になど涙しも盡きせざるらん
といはれても、
  君はさは限りと思ひ絶えぬなりひとりやものを思ひ過さん
と、いづれもいとゞあはれを添へんとなるべし。」などいへば、又「さしもは侍らじ。唯若關白をかぎりなく深く思ひしめたるなめり。うき世を知り初めしはじめ思ふには、かたがた契り淺からぬ仲なれば、ことわりとはいひながら、この人の身にはあるがなかに、恨めしきふしある人にてこそ侍るめるを、つゆ思ひ知らず。」といふも、又「宰相中將といふ人のあるこそいみじくめでたけれ。兄の〔左〕衛門督、大將殿の文もて來て、『今日を過さず御返事賜はらん。』はいかにいかにぞ。品のかずをうち運び、『必ず今日の御返事侍らずとも。』などいひたるこそ返す返すうれしけれ。すべてそれならず、あはれにありがたきこと多かる人なり。
 にくき事。〔左〕衛門督・辨の乳母(めのと)などの〔もの〕いひ。大宮の御心構へ、さも過ぎて疎まし。又后(きさい)の宮・春宮などいちどに立ち給ふ折、中のうへゐざり出でて、
  寢覺せし昔の事も忘られてけふのまどゐにゆく心かな
といはれたる程いとにくし。又關白『我とも見まし中のちぎり。』と宣ふ。大將のうへゐざり出でて、
  武藏野のゆゑのみならずえだふかきこれも契りのあるとこそ見れ
と詠みたるもいとにくし。又中のうへいとにくし。右衛門督の上ぞかくもいふべきと殿の思したるも恥しき。又中のうへ失せ、右衛門督法師になりなどして後、右衛門督の上、殿の思ひ人にて、對の君などいふ名つきて、君達後見(うしろみ)〔し〕てあるだに心づきなきに、うけばりて、物怨(えん)じなどしたるこそにくけれ。父大臣のあるがなかにかしづき、人がらもいとよかりしに、淺ましく思はずにくちをしき人の契りなり。
 又關白こそにくきもののうちに入れつべけれ。中のうへ、人よりさきに見初めて、さばかり淺からぬ契りの程をさしも思はす、たまたま行き逢ひても、それを限りなくうれしくめでたしと思ひてもあらで、はかなき一言につけても、いひ惱まし佗びしめなどする、いと心づきなし。朱雀院の御いみにこもりて、あからさまに渡り給へる折、院の御文の御返事強ひて尋ね出でて、とかくいひまさぐるに、名殘なく昔思ひ出でられたる。」などいふに、又人、『返す返すも捨てがたく思へるもいと人わろし。」などいふに、
 又人「返す返すこの物語〔の〕大きなる難は、いにかへるべきほうのあらむは、前の世の事なればいかゞはせむ。その後、殿に聞きつけられたるを、いと淺ましなども思ひたらで、こともなのめになべてしくうち思ひて、子ども迎へと見などするを、いみじきことにして、さばかりなりにし身のはて、さちさいはひもなげにて隱れゐたるいみじくまがまがしき事なり。その後まさこの事に思ひ餘りて、院に御文奉りたる程こそ、さすがあはれに侍れ。
  たぐひなくうき身をいとひ捨てしまに君をも世をもそむきにしかな
と聞えたるこそいみじけれ。せめては大臣(おとど)に隱れ忍びてだに果てたらば、一筋に身をもなきになしてもやみなん。殿も聞きつけて、淺ましくめづらかになどもいと思ひたらず、なべての世にためしあらんことのやうに、泣きみ笑ひみ物語などし給ふ程、めづらかに淺ましきかたなり。」と口々にいふ。