テキストに住む魔物

 中野重治は動物園が好きではなかった。けものの声は騒がしく、そこにはいつもひどい臭いが漂っていた。


 けれど、彼はそこに度々通うことになる。人付き合いのため、それから──────山猫を見るため。


「山猫めは全身まっ黒の毛に包まれて金いろの目をしていた。かれのしっぽはからだよりも長く、イザというときにはこん棒のようになるにちがいない一種特別のふくらみを見せていた。ぼくの知るかぎりかれは、おりの奥行きの半分より前へは一度も出てこなかった。(中略)かれはけっして人前で歩いて見せたりはしなかった。こんなところへ押し込めになっていてもいつもかれの国のことを考えていた。かるがると飛び、飛び越し、全力でかみ、思う存分血を流すかれの国でそれができないくらいなら、そんなところでたとえそれをすることから肉の一片(ひときれ)を手に入れることができるとしても、そんなことのまねをする必要はないと考えていた。虎や獅子や大蛇なぞがこんなばかものになってしまったとすれば、やつらがそんなに堕落してしまったというその一事のためにもがんばらなければならないと考えていた。かれは本能的に捨て身にかかっていた。それでかれのおりは一種のうすっ気味悪さで見る人に襲い掛かった。」
         ────────────────────中野重治『山猫その他』



         



 私は叫び出したくなり、街へ飛び出したくなり、チンピラに難癖を付けたくなり、殴られたくなり、鼻の奥から口の中へと染み出す金気臭い血を唾液に混ぜて吐き出したくなった。




 頭が引き千切れそうになるほどの。








































 ああ!