大江健三郎/「涙を流す人」の楡

静謐に満ちた一篇。


舞台はベルギー、ブリュッセルまで小一時間ほどの大使公邸。文学賞を受賞した小説家と妻はその離れに宿を借りて一夜を明かす。翌朝、N大使夫妻と囲んだ朝食の食卓で、小説家は昨夜のパーティーでも感じとった鬱屈をN大使の表情から読み取る。東京から取り寄せた「ニーベルングの指輪」のビデオを見るのすらどこか仕事の一部であるような生活──。その疲労だけが鬱屈の原因であるように思われなかった。
妻はあなたの鬱屈に感染したのではないかと言う。小説家は公邸の庭に植えられたニレの木を楽しまなかった。大使夫妻はきっと小説家がよろこぶことを期待していただろうに。だがそれは、その木が小説家の記憶の奥深くにあるハルニレの木を思い起こさせるからだった。小説に書いてしまえば晩年の父の仕業に暗い影を投げかけてしまうかもしれない。そんな不安を呼び覚まし、直視することを避け続けてきたあの木を。小説家はその木の因縁をN大使に語らなければいけないのではないかと思い始める。


 そのうち僕は、さきほど妻にはいわば思いつきでそういったにすぎなかったけれども、記憶から抹消できぬあの木(・・・)の光景をこの年になってあらためて誰かに話すとすれば、確かにN大使こそ最良の聴き手だという考えに辿りついたのだ。
(中略)
 それがいまブリュッセル郊外のあの木(・・・)を思い出させる巨木のある屋敷で、文学に深い理解を持ちつつ外部でしたたかな経験を積んできたN大使に話すことで、なにかこれまでにない把え方が自分に可能であるような気がする……(p.754-755)


夕刻の大使公邸の居間で、小説家は大使を相手に幼い頃の思い出を語り始めた──。


ジョージ・ケナンのものらしい「強大なソヴィエトにおびやかされることをかさねてきたが、弱いソヴィエトこそさらなる世界への脅威なのだ」(p.750)というコメントが、冷戦終結後の混迷に満ちた世界情勢を不気味に予言している。それでも作品自体はひどく静けさに満ちていて、この作品の全体が弔辞であるようなN大使の人柄を思わせるところがあった。1991年11月発表の作品。


あの人によって自分の生に幾らかはタフな成熟がみちびかれたと、どうして言いえないだろう?(p.765)


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大江さん、この作品では小説家です。